先週の金曜日、zoomでの新年会に参加させていただきました。
その会は、私の人生でこんなにも「心からの祝福」を頂いた事はない、素晴らしい会だったんです。
涙無くしての参加はあり得ない「愛ある」ものでした。
この新年会は、音声SNS「クラブハウス」で毎日配信しているルーム「ゆりかごの歌クラブ」の皆さんとの会です。
そう書くと、「あ~、尾飛さんがまた、そういう会を企画したのね」と思う方も、いるかもしれません。
基本的に、いつも開催する側ですからね。
でも今回は、みなさんから「来てもらえれば、あとは何もしないで大丈夫ですよ」と、驚きの「参加者」としてのお役目を頂きました。
本当に何もしなくて良いのかなあと、申し訳ない気持ちでソワソワと当日を迎えたわけです。
普段の生活内では「条件付き」での祝福は、普通にあると思います。
『昇進おめでとう』
『進学おめでとう』
『ご結婚おめでとう』
という感じで。
でも、家族以外の他の方から『自分の存在そのもの』を『無条件』に本気で祝福してもらう経験って、今の時代では滅多にないと思います。
それをしてくださったのが、今回の新年会だったんです。
本当に、ありがとうございました。
具体的に、何か特別なことがあったわけではないんです。
乾杯して、みんなで歌って、朗読があったり。
でもそれがよかったんです。
みなさんから頂いた言葉は、
「ありがとう」
「大好き」
「愛してる」
そして全て「前提条件なし」です。
人生であんなに嬉しい「祝福の言葉」を、たくさんかけて頂いたのは、おそらく生まれた瞬間以来なのではないでしょうか。
ちなみに、「じゃあ、今後もそういった『祝福の言葉を掛け合う会』みたいのをやれば良いじゃないか!」というと、それは全然違います。
なぜって「何か意図してるから」
それだとどこかに「条件」が発生してしまいます。
今回の凄かったのは、全てにおいて「自然」だったから。
私にとって、このコロナの2年間で、目に見える「もの」は、本当に無くなってしまいました。
でも今回の会で、目に見える「もの」ではない「自分の精神の周りを、ボワンボワンと、支えたり包んだり背中を押してくれる『 』」を、確実に頂いたんですね。
それは『たとえ社会が私から全ての「もの」を奪っても、私には決して誰からも「奪うことができない『 』がある』という実感になりました。
もしかしたら「尾飛さん、そういうのは「◯◯」って言うんですよ」と、教えてくださる方も、いるかも知れません。
でも、ちょっと違うんです。
名前がついた時点で、私的には「モノ(カテゴリ)化」されてしまう感じがするんです。
私にとっては、『 』は、目にも見えないし、名称をつけることもできないんです。
そしてこの『 』を新年会で頂いたことは、人生の大きな転機だったと思うんです。
なぜならば、この『 』は、どんな人でも、権力でも、なんだかわからない亡霊みたいなものでも、私たちから奪うことは絶対にできないから。
そしてさらに、
「ここでめげるわけにはいかない。ここで負けるわけにはいかない。」
と言う、ここ最近の私の思いは
「ここでめげない理由がある。ここで負けない理由がある。私には『 』がある」
と言う思いに、激変しました。
時代が、大きく変わってきていることは、もう誰の目にも明らかだと思います。
どんな時代の流れになろうと、もう私たちは誰にも奪えない「モノ」ではない大きな価値ある『 』があるから、大丈夫。
諦めるのは、まだ早い。 最後だと思っても、それはきっと最後じゃない。
そう。 私たちには。誰にも邪魔されない「愛ある未来がある」
もう、私にとってのこの今の時代は「苦しい時代」ではなくなりました。
強いて言うなら、コロナのために、いつもとは違う事を、色々やらないといけないと言う「ちょっと手間が多いなと言う時代」かな。
それ以上に、今開き始めている新しい時代の扉を、一緒に笑いながらくぐることができる仲間がいる。
それだけでもう「苦しい時代」ではなく「なんかいい感じだよね!と言う時代」だなって感じています。
素晴らしい機会を与えてくれた、全ての方々へ心から
どうもありがとう。いつも大好き!愛してますよ〜。
明日も、そしてこの先も私の大切な人たちが、軽やかな笑顔と豊かな健康と、幸せな時が続きますように、お祈りしています。
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